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その瞬間、早苗は鳥肌が立つのを感じた
『何かが壊された』
何が?
本能が今までと明らかに世界が違うと告げている
空に輝く異様なオーロラ
突如湧き出す見慣れぬゴーストたち
世界結界が破壊された
周囲の者たちは即座にそれぞれ動き始めていた
●桐紋の家
椿の前に、『家』に属する四人が集まった
「由貴、大丈夫?」
「大丈夫です」
「無理は…だめですよ」
生命賛歌でも癒しきれないほどの傷で気丈に振舞う由貴に巴がくぎをさした
この言葉に由貴が眉をひそめる
思ったとおり、前線に出るつもりだったようだ
「そうですわ、由貴は後方に下がっていなさいな」
「面倒だけど、だからって健康なのが後ろに引っ込んでてもジリ貧だし…たまには私も信用してほしいなぁ」
奈々美と咲も言葉を続ける
「まあ…まずはベストを考えましょう」
そう言って椿は愛用の斬馬刀をイグニッションカードに仕舞い、代わりに一対の宝剣を装備した
治癒系の符の効果を底上げするためのものだ
「まぁいろいろ新しい単語が出てきてるけどまずは陣形を決めましょう
ぶっちゃけ最終的に銀誓館学園全体でどれだけ集まるかによるけど…
ゴーストの群れには私と、奈々美、咲、巴の4人で行くわ」
木の枝を拾い上げ簡単に地面に図を書いていく
「私と奈々美が前衛、咲と巴が支援。巴はチームの回復と咲の防御をお願い」
「引き受けましたわ」
「了解…です」
「りょうかーい」
武器と構えの強化で前衛の気魄を底上げして後衛で回復と前衛の補助攻撃を行い、前衛が傷ついたら回復するまでの間は後衛が前に出て盾になる
退魔を代々行ってきた桐崎家の伝統的な陣形だ
「といっても、他のチームも前に出るだろうし強い人もまだたくさんいるから、前衛も後方から遠距離の攻撃手段は用意しておいて」
組織やチームでの連携や、突然の襲撃には慣れているつもりだ
いつもの訓練通りにすればいい
「由貴は防衛行動に参加、あとはもし敵が引いて撤退する段階になったら目立つところに目印をつけて退路が分かるようにしておいて」
「わかりました」
(全く、こんなところで『家』での訓練が役に立つ日がくるなんてね。あとは…個々人の練度ね、それと引き際かしら)
頭の中で、チームとして全体に貢献するための算段を立てていく
「さぁて…桐紋伝統の退魔の戦術、見せてやろうじゃないの」
『生命使い』という単語も気になったが、今目の前の問題を解決するのに必要な情報は
『抗体兵器』の情報だった
各自ポジションでもおおまかな作戦が練られているはずだ
あとはそれを待ってそれを指針にする
もし作戦が間に合わなくてもそれはそれで、動くことはできる
(さぁて…とりあえずやることやるしかないか)
●狐の守人
極彩色のオーロラ
降り注ぐシルバーレイン
(贄…か、なるほど、相手の目的はこれね)
睦月は空を見上げた
そこにはとても幻想的で美しい景色が広がっている
それでも…
(非日常的美は非日常的だからこそ美しい…、この空が日常になるのはもったいないな)
かつて、自分の周囲を変えたいと言っていた友がいた
(そして…君が望む変化はこういうものじゃないんだろう?)
彼女が変化を望んだのは大事な家族のため
分身とも言える双子の妹のため
姿を探すと、その友が守ろうとした双子の片割れは呆然と立ち尽くしていた
(そういえば私はまだ君に、妹を紹介してもらうという約束を果たしてもらっていないね)
亡き友に心で語りかける
今は叶わぬと知りながらその約束をいつか果たしてもらうため、友の片割れへ歩み寄った
●桐紋と狐
「騒々しいね、これじゃ静かに曲を弾くこともできない」
突然すぎて誰に対して語りかけているのか一瞬理解できなかった
遅れて振り返ると、見知っている顔がある
「睦月さん…」
双子の姉の友人だ
もっともそれを知ったのは最近なのだけども…
「平穏があるからこそたまの刺激が美しく引き立つ、私はそう思う
だから刺激が日常になるのは歓迎できない」
刺激が…日常に…
おそらく危険に満ちた世界という意味なのだろう
「早苗…君は異常と平穏どちらの日常をとる?」
「私は…」
迷っていた
何故迷う必要があるのだろう
怖いから?それとも…諦めたから…?
答えを見つけ出せずにいると、離れた場所から声がかけられた
「おーい、早苗ー」
椿が駆け寄ってきた
「あんたたちはどうする?私らはとりあえず怪我してる由貴を除いて前にいくつもりなんだけど、戦力は一人でも多い方がいいからさ」
彼女はいつものように笑っていた
「怖く…ないんですか」
そんな椿の様子を見て、思わずそんな言葉が出てしまっていた
「んー」
椿はすこし考えるぞぶりを見せてからこう答えた
「まあ…不安がないって言ったら嘘になるけど、いつもの生活がなくなるほうがもっと怖いからね
だから、細かいこと考えるのは後回し、そういうことはこれを乗り越えてから考えましょ」
そう言って彼女は再び微笑んだ
『いつもの生活がなくなるほうがもっと怖い』
この言葉で目が覚めた
戦うのは怖い
でも失う方がもっと怖い
それは身をもって経験したことのはずだった
そして今は…銀誓館学園にきてから知り合った友人などの
『失いたくないもの』も増えていた
(私は…もう失いたくない)
詠唱兵器を持つ手に力が入る
「私は…私も戦います!」
「おっけー、そうと決まったらまずはみんなと合流しないとね、一人じゃできることも限られるし」
そう言い、椿は早苗へ手をさしのべた
見渡すとまわりの人たちもみんな諦めず立ち向かう意志を目に宿している
(強いな…みんな強いよ…)
でもこの強さが私の守りたいものなのかな…と、そう思った
「睦月はチームのあてあるの?」
「あるような、ないような」
「なにそれ…早めに決めてくれないとこっちも動きづらいんだからさー」
「私を加える予定にあることを後悔させてみたいな」
「…冗談だよね?」
2人の微妙にかみ合わないデコボコなやりとりを見ていると安心してくる
安心と共に勇気もわいて来た
そして安心と共に、守るために戦うという意志が強くなっていくのを感じる
(伊吹…私はまだ一人では歩けないけど、それでもまだ歩けるみたい)
懐のお守り代わりのアップリケを握りしめ、今は亡き双子の姉に語りかけた
失わないために…失いたくないものがあるから
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