「あら、雨だわ早苗」
「大変だわ伊吹、お洗濯物が濡れてしまいます」
「それは大変だわ、取り込まないと」
少女が慌てた様子で廊下に出ると、もう一人も後をついて行った
「まって、伊吹、私も手伝います」
「ありがとう早苗」
突然の雨に慌て廊下をパタパタと走る二人
澄んだ茶色の瞳、色白の肌、淡く黄金色に輝く長い髪、
二人はまるで鏡の様に瓜二つで一目で双子だと分かる外見だった
二人の違いを強いて挙げるなら髪飾りだろうか
伊吹はウグイス色の櫛を右に
早苗は桃色の櫛を左に
他は背格好ともに生き写しで二人を見分けるのは実の親ですら困難なほどだ
二人は履物を足に引っ掛けると庭の物干し竿へ駆け寄った
「あら?ねぇ早苗」
父のシャツを両手に抱えた伊吹が不思議そうに早苗へ語りかける
「どうしたの伊吹」
「この雨、銀色ではないかしら」
「あら…本当、不思議ね」
「綺麗ね早苗…」
「そうね伊吹…」
二人は洗濯物のことを忘れ、ぼんやりと降り注ぐ光を眺めていた
―――
「伊吹、早苗、二人ともこちらへ」
「はい、母上」
早苗は突然の母の呼び出しに応じて部屋へ向かう
「少々お待ちを」
と時間がかかる旨の返事を返したのは双子の姉の伊吹だ
最近、姉は小型の鍵盤楽器に夢中である
(…伊吹はまた“きぃぼぉど“なのでしょうか)
何をするにも二人だったため、姉が自分と違う趣味を見つけてしまったことに嫉妬にめ似た寂しさを感じる
しかし小学6年になったばかりの早苗はそんな自分の感情に気付かず、また同じ歳の伊吹もそんな早苗に気付けずにいた
「遅くなりました」
伊吹がやや遅れて部屋へ来たあと、母は二人を見てこう切り出した
「二人はもう歳も10を過ぎ、術の基礎も身についてきました
よって明日より符と陰陽について学んで頂きます」
「「はい、母上」」
力強く答える二人
早苗の家はいくつかある陰陽道を伝える家系の一つで
その業を途絶えさせないため代々家の子の物心がつく頃には基礎訓練を行い
遅くとも15歳からは本格的な訓練が行われていた
なのでこの話は二人にとってはさほど驚くことではない
待ち望んでさえいた
伊吹と早苗の両名にとって、この訓練は
二人が考えた両親の立場を少しでも良くするためのチャンスでもあったからだ
早苗の生まれた家は末端であり、桐崎の家の中でも先祖の血が薄く本家の様に厳しくは無かった
しかしどうも自分達の髪色が親戚にとって良くないものらしいと二人は感じていた
何故かは解らないし父も母も教えてくれない
きっと髪が皆と違うからなのだ、と早苗は思っていた
思い悩みかつて髪を切り落とそうとしたこともあったが両親に酷く叱られたため
ならばせめて桐崎の家の人間として恥ずかしくない様にと伊吹と二人で度々話し合っていた
二人にとって力をつけることは本家に家族を認めてもらえるチャンスなのだ
「ねえ早苗、いよいよ明日からね」
「そうね、伊吹」
日が暮れ一日の日課が終わった薄暗い寝床で二人はなかなか寝付けなかった
「明日は学校が終わったら真っ直ぐ帰って訓練の詳細を聞きましょう」
「もしかしたら朝から開始かもしれないわ」
「なら明日は鳥より早く起こされるかもしれませぬ」
「だったら大変、学校で眠くなってしまうわ」
「早く寝なければなりませぬね」
「早く一人前となり、父と母の力になりましょう」
その日は夜通し二人でそんな話をしていたような気がする
―――
目が覚めるといつもの見慣れた天井
静かな鳥のさえずり
平和な朝だ
しかし今は隣に誰もいない
早苗は起床するといつものように壁にかけている古びた詠晶キーボードへ向き座り直した
「お早うございます、伊吹」
いつまでも引きずるのは良くないと分かっていても
二人で過ごした日々と最後の日が忘れられない
忘れるわけにはいかない
だからせめて
想い出を大事に
-END-
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