…いつの間にか寝ていた様だ
早苗「…朝…?」
早苗は学習机に突っ伏した状態で寝ていた
鳥の鳴き声は耳に心地よかったが、身を切るような寒さが体を凍えさせている
早苗「…くしゅん!…寒い…」
風邪を引かぬうちに布団に入らなければ
椅子から立ち上がるときになんとなく違和感を感じた
早苗「…?」
なにやら背中の方に毛皮のようなものが…
早苗「…え…?」
尻尾だった
まるで妖狐のような尻尾が生えていた
早苗「…これは一体…」
もしやと思い洗面所の鏡へ向かう
亡くなった双子の姉を思い出すため鏡はなるべく避けているのだが
それ以外に自分の姿を確認する手段もないために覚悟を決めて覗き込んだ
耳もあった
早苗「………」
これではまるで妖狐ではないか
鏡に映る姿に目を丸くしていると洗面所の戸が開いた
早苗「…!」
父に見られた
早苗「あ…父上…こ、これは…ですね…」
この耳と尾をどう説明付けよう
そもそも自分自身、なぜこうなっているのか分からないのだ
とりあえず、仮装中だとごまかそう
そう考えたときだった
早苗の父は特に動揺した様子もなく、ただこう言った
「着いて来なさい、お前に話しておくことがある」
父はそのまま外の小さめの倉の扉を開け、中へ入っていった
物置として使われているものだ
早苗もそのまま後を追っていくと、父は奥で古めかしい冊子を手に持っていた
父が冊子を開けると中には写真が貼ってある
どうやらアルバムの様だ
「お前と…伊吹の髪は、私の母…おまえの祖母にあたる人の血の影響だと昔話したことは覚えているか」
もちろん覚えている
早苗が幼い頃、この髪色のために親類から冷たくされている両親のために
何かできないかと思い悩んだ末に髪を全て切り落とそうと剃刀を持ち出し、父に止められたときに聞いた話だ
父の好きだった祖父と祖母のためにも、この髪を大事にして欲しいと言われたことも覚えている
早苗が頷くのを確認すると、父はさらに言葉を続けた
「この写真を見てくれ、これがお前の祖母だ」
色まではよく分からないが、写真には黒髪ではない女性が写っていた
「大陸妖狐だったそうだ」
早苗「…!?」
海外の人間だとは思っていたものの、
まさか来訪者というところまでは想像できず、言葉を失った
早苗の父はさらに言葉を続けた
「祖父が裏の仕事で海沿いの丘に出没するという物の怪を退治しに向かった時に出会ったそうだ…」
祖母に当たる大陸妖狐は事故に巻き込まれて海に落ち、奇跡的に助かり浜に打ち上げられたものの
異国の地で仲間もいない状態で、ひとまず食料を人里から奪って生きながらえていたという
そこへ物の怪と通報され、退治しにきた祖父と出会ったそうだ
ここに来る前は何をしていたのかと、いう過去のことは死ぬまで話さなかったそうだが
身寄りがなく異国の地で孤独な祖母に祖父が親切にしたこともあり
次第に心を開いていき、共に生活をするようになったのだという
しかし、得体の知れない来訪者との共存を本家は良く思わなかった
露骨に嫌そうな態度こそないものの、本家からの支援は遠のいていったそうだ
幸いだったのは、祖父が死ぬ前に孫の顔を見れたことだ
祖父は早苗たちが5歳になる頃に、裏の仕事で重症を負い亡くなっている
祖母は祖父の葬式の後に姿が見えなくなり、行方不明になっている
人の居ない場所で自ら命を絶ち祖父の後を追ったのではないか、というのが父の見解だ
そういう人だったらしい
「お前たちが生まれたとき、二人ともとても喜んでいたよ」
父はそう言うと、早苗を見て微笑んだ
「特にその髪色がそっくりでな…その耳と尾もおそらく母の血の影響だ
銀館学園に妖狐の勢力が加わったと聞く、それが引き金となったのだろう」
父の大きな手が早苗の頭を撫でる
「大きくなったな…」
そう言った父は、少し泣きそうな顔をしていた
早苗「父上、大丈夫です。例え新たな力が身についたとしても、無茶はいたしません」
早苗がそう微笑むと、父は「鍵をかけておいてくれ」と言い残し、倉を出て行った
父も母も、まだ、伊吹を失った悲しみからは完全に立ち直れていない
…私も未だに、自分の姿を見ると伊吹の姿とダブらせてしまい、深い悲しみに捕らわれ息が苦しくなってしまう
でも大丈夫、仇討ちは考えていないのだから死に急ぐようなことはしない
伊吹の分も生きると誓ったのだから
この力は、守るための力…
自分自身を、自分の周囲を守る力…
PR