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早朝、まだ日の昇らぬ時刻
キッチンでちょこまか動く影はその完成品を持ち運び用のタッパーに入れた
カラカラ…と音がする
入れた後に音がしないよう、まるめたキッチンタオルを詰める
そして…タッパーへ入れなかった一つのものは丁寧にアルミホイルで包んだ後に
折り紙で包装していく
「…よし…」
満足げな顔で一人頷き、彩香はそのチョコを手に自室へ戻っていった
ソラに見つからずに準備をするのは大変だった
キッチンを使うことはソラの両親に了承を得ている
小学生が一人で台所に立つことは、普通なら大人が見ていなければならないのだが
彩香の料理スキルは基本がしっかりしているため
「揚げ物はだめよ?」
というソラの母(彩香にとっては義母になる)の言いつけを守っていれば
自由に使うことは許可されていた
問題は作ることではなく
ソラと同じ家に住んでいることだった
作っている現場を見られてはサプライズにならない
作った後に冷凍庫などに保管しようものならいつかばれてしまう
(…だから、前日に作る)
ついでに皆に配る分も作っておいた
(…完璧)
この日は完璧になる…はずだった
自室で普段見せないような笑顔を浮かべているうちに睡魔が襲ってきた
不慣れな早起きをしたのが原因だった
彩香はその睡魔に抗えずそのまま眠りへ落ちていった
外は明るくなり始めていた
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「ん…?」
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた
窓を開けていたため部屋の中は冷気に包まれているが
本業ジョブ雪女が持つ寒冷適応のためなのか
彩香にとって寒さは問題ではなく、むしろ居心地が良いとさえ感じる
(…?カーテンが少し乱れてる…ような…)
カーテンを開き、窓から外を見ると日は既に高い
寝起きのぼんやりした頭で考える
(そうだ…ソラにチョコあげて、それからお友達に…)
早朝に作ったそれを視線で探す
確か机の上に置いていたはずだ
「キュ?」
机の上には真っ白な毛玉が居た
モーラットはタッパーの中身をモシャモシャ食べている
「…なっ…、ちょっと、それ食べちゃダメ…!」
彩香が駆け寄るとチョコを抱えピョンと彩香を飛び越え、窓際へ
その毛玉はそのまま外へ飛び出していってしまった
「…モーラット…よね…」
外へ飛び出したのを確認した後机の上を見て被害を確認する
とられたものは友達に配るためのチョコと…
ふと、彩香の瞳に殺気が宿った
普段は無意識の下に眠り、戦闘時などになると一時的に目覚める
「封印の眠り」に着く前の過去の彩香が姿を現していた
「…っ!あんの毛玉…!![起動(イグニッション)!]」
窓に駆け寄り、視界の遠くをふよふよ移動する毛玉を目視すると
そのまま窓に手をかけ飛び降り…ようとして下の植え込みに落下
「…ちっ…、そういえば今は子供だったんだわ…」
独り言を呟きながら植え込みから脱出し毛玉が逃げた方向へ駆け出す
「…あの毛玉…捕まえたら氷付けにして海に沈めてやる…!!」
―ソラに渡すための分は取り返さないと―
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場所は変わって近くの商店街
「急に呼び出してごめんねー」
「良いよ、いつもの事だし」
ソラとアルは二人で商店街を歩いていた
正確には、アルフレッドが荷物持ちの手伝いに狩り出されていた
「やー、うっかりママとパパの分買うの忘れちゃってて、助かったよアル」
「この荷物量はそれだけじゃないよね」
「うん、ついでにこの日限定のものも買っちゃおうって思って
今しか食べられないからね~♪」
(…ソラって小遣いの使い方が刹那的だよなあ…)
しかしアルフレッドにとってこの時間はそう嫌な時間でも無い
(ソラは相変わらずだし…チョコは諦めてこの日に一緒に居られるだけでも満足としておこう)
何より、頼られているのが嬉しかった
「わ、ねえアル、見てみて!イチゴと桜を練りこんだチョコだって!すっごい春らしいなぁ、あれも買おう!あれも!」
「わ、ちょっとソラ、待って…」
興奮気味に店に走っていくソラを追いかけようとする
そのときに視界に何か見慣れたものが入った
(…モーラット?)
この人の多い場所で外に出しっぱなしにすることは考えにくい
…ということは捕獲されていないモーラットだろう
そのモーラットはタッパーと色紙で包装された箱をかかえて横道へ姿を消していった
(…追うべきかどうか…)
しばし思案しているとまたもや見慣れた姿が全力疾走していた
「…ハァ…フゥ……」
アルの前で立ち止まり、激しく肩で息をしている
「…彩香、全力疾走して何かあったの?」
「…ハァ…アル…毛玉…どこ…ハァ…」
「…毛玉?モーラットならさっきそっちの角を曲がって…」
アルが言い終わらないうちに彩香は再び走り出していった
「…なんかいつもと様子が違ってたな…もしかしてテンションあがってるときのサドモードだったんだろうか…」
彩香が走っていった方向を見ながら考えているとソラが戻ってきた
「おーい、何かあったの?ぜんぜん来ないからどうしたのかなーって…」
手を見ると新しい手提げ袋が
心配してくれてた割には、買うものはしっかり買ったらしい
まあそれはいいとして、とアルはさっきあったことをかいつまんで話す
「うん、なんか、彩香がモーラットを追いかけてたよ」
「モーラット?」
「うん」
少し考えるような仕草をしたソラが顔を上げた
(ああ…このパターンは…)
伊達に幼馴染やってるわけじゃない
「よし、アル!」
「分かってるよ、追いかけるんだよね」
「ほら、走るよ!」
「この荷物先に置いてきたいんだけど」
「任せる!先いくね!」
言うが早いか、あっという間に走り去り見えなくなってしまった
「…こうもあっさり置いていかれるとこれはこれで寂しいね」
とりあえず荷物を置くためにアルは一人で帰路についた
(ソラの運動神経ならすぐ捕まるだろうし、とりあえずあの方角だと公園かあったかな…)
合流はそう難しくない、と思う
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もしもこの光景を見かけた人がいたらこう見えた事だろう
『少女がフリスピーを投げて犬のような生き物と遊んでいる』
「ちっ…大人しくしなさい!」
この時期は公園はカップルが仲良くしていることが多いのだが
現在はこの散歩道を主として整備された公園に人の気配は無かった
もしかすると世界結界の力で人が自然と来ない状態になっているのかもしれない
人が居ないのを良いことに、彩香は手に持った結晶輪でモーラットの動きを止めようと
…いや、割と本気で殺ろうとしていた
もっとも全力疾走の直後で息も絶え絶えなためまともに狙いがついてない
それに当たり所が悪ければチョコにも当たってしまう
「攻撃が当たれば良い」と言う状況ではないのだ
吹雪の竜巻を使えば決着はすぐつくだろうが
雪も振ってないのに雪が残ってしまうのは後のことを考えるとあまり良くない
そういう条件もあり、苦戦している
「…そこね!」
木の裏に隠れたモーラットを追ってそのまま結晶輪で斬りつけようとしたところに
「とぉ…ってわわ!彩ちゃんどいてー!?」
ドサッ
木の上からソラが降ってきた
「あたた…ごめんねー彩ちゃん、大丈夫?」
「…う…ちょっとおでこぶつけてめまいするけど…大丈夫…」
回避しようとしようとして木に思いっきり顔面をぶつけた
ソラもバランスを崩したもののエアライドで大した怪我はない
「…なんでソラが降ってくるの…」
「モーラットが下にいたから捕まえようと思って飛び降りたら彩ちゃんが飛び出してきてびっくりしたよー」
「そういうこと…」
とにかくソラは高い場所が好きで良く登っている
途中でアルフレッドに会ったから、そこからソラの耳に入り追いかけてきたのだろう
(出来れば一人で取り返したかったのに…)
彩香はこの状況にやや納得がいかないが、体力的にも一人で捕まえられるかどうか怪しい状態なのも確かだった
モーラットは遠くでこちらの様子を伺っている
「ところで彩ちゃんはなんでモーラットおいかけてるの?」
「チョコとられたから取り返そうと思って…」
モーラットが持つタッパーの中には彩香がソラ用にと包装したものと
もう一つちゃんとした包装のチョコが…
「あー!?あれ私が買った14日限定ココアショコラ!?
なんであんなところに!?」
「…アルね…」
彩香はぼそっと呟いた
恐らく、このモーラットがアルとすれ違ったときに掠め取ったのだろう
「彩ちゃん!取り返すよ!」
「もちろん」
彩香が結晶輪を飛ばすとモーラットはそれをひらりと避けた
二投目も回避
「…そこだぁ!!」
結晶輪を避けたところに、接近していたソラが飛び掛り捕獲
戦いは一瞬で結果がでた
「…最初からソラに助けてもらえばよかったわ…」
彩香はあまりにあっさり終わったことに肩透かしを食らっていた
最初は確実に殺る気だったがソラの前では残虐なことは出来ない
ソラへのチョコもしっかり取り返せたし、まあいいかな…と思う
…友人に配る分は全て食べられた後だったが…
ソラは上着を脱いでモーラットに被せ、逃げないようにしている
「ふぅ、取り返せた!走ったらお腹すいちゃた、これ今食べちゃおーっと」
そう言うとソラは限定ココアショコラの包みを開け始めた
「キュ~」と悲しそうな声をあげるモーラットに対して「食べる?」とチョコを分けるソラ
ついさっきチョコをこのモーラットに盗られたことをもう忘れているかのようだ
(…そういえば渡すなら今よね…)
彩香はチョコを頬張るソラへ手に持ったチョコを渡す
「ソラ、これ…バレンタインの。朝作ったの…。」
ソラの方はすこしキョトンとしたあとに
「作ってるの気づかなかったよ、ありがとう♪」
ニコっと笑い、受け取った
「あ、じゃあこれ私からのお返しね」
と開封していたココアショコラを1つ彩香へ渡す
「…ありがとう」
ソラにとってはただの「義妹」であり、「友人」なのかもしれない
でも彩香にとってはソラはそれ以上の存在であり、恩人だ
これからもずっと、二人で一緒に居たい
(…ソラは私が守るから…)
そのあとは二人+一匹で冬の青空を眺めながら、チョコを食べた
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彩香とソラが二人でチョコを食べてると
アルが手を振りながら駆け寄ってきた
「おーい、終わったみたいだね
とりあえずモーラットを学園に連れてったあと、うちにある荷物をソラの家に持っていこうか
それとも買い物続ける?」
アルが近づくと彩香がアルをにらみ付けた
それに気づき一瞬怯むものの、見なかったことにして普通に振舞うアル
(この二人って仲が良いのか悪いのか良く分からないよねえ…
たぶん仲が良いんだと思うけど)
「ありがとね、アル
じゃとりあえず学園にいこっか、この子を引き取ってもらわないとね」
そう言い、ソラは立ち上がった
「あ、そうだ、アルにもこれあげる」
一人だけ仲間はずれにしちゃ悪いもんね、と、チョコの残りの一つをアルにあげた
アルは赤くなりながらロボットみたいな変な動きで受け取ってそのまま動かなくなってしまった
「風邪?大丈夫?」
「だだ、大丈夫!ありがとう、後で食べるね…って入れ物持ってないや…」
「今食べれば良いじゃない?」
「ああ、そうだね、ありがとう、おいしい」
「あはは、なんか変だよ?アル」
ぎこちない
(アルって時々おもしろいんだよね)
おかしくてつい笑ってしまう
その様子を彩香がじーっと見てる
(彩ちゃんはアルが気になるのかな?)
でもあまりアルと二人でいることがないから
もしかしたらチョコが食べたかったのかもしれない
(帰ったら買ってきたチョコを二人で食べよっと)
あとは三人で宿題の話をしながら帰った
ずっと、三人で遊びたいな
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以下、背後の人の独り言
背後の人が色恋を意識できるようになったのは中学生になってからでした
三人は小学生だしこんな感じかなあと
アルの精神年齢が異様に高い気がするけど気のせいです
彩香の正体も謎ですが無害なので問題ありません
今のところはそのまま成長とともに記憶は戻らないまま
性格だけ黒彩香側になってもらう予定なのだけども
今後の周囲からの影響でどんどん変わっていくかもしれない
この三人の三角関係は空想しててすごく楽しいです
主にアルのヘタレっぷりと空の鈍感っぷりが
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