「いやーお腹すいたー、お昼お昼」
朝に早苗が確保した休憩スペースに戻って荷物を取り出す
実家のお手伝いさんたちが作ってくれた
みんなで食べられる大きい重箱を取り出した
早苗もお弁当を作りたそうにしていたけれど
本人には悪いけど、味音痴の早苗に料理は作らせられない
それに今回は、由武ちゃんもお弁当を作ってきてくれているそうだ
彼女は料理が上手いそうで、これも結構楽しみにしている
そこに由武ちゃんのはとこの縫子ちゃんも加わって四人でお昼を食べる予定になっている
横のスペースでは空ちゃんを中心に彩香・アルフレッドの小学生組がお昼を食べている
そんな和やかな様子を横目に友人たちの所へ戻ると
そこには重い沈黙が漂っていた
中央にあるサンドイッチ
ニコニコした早苗の笑顔
「…あれ…?早苗も…作ってきたんだ…?」
おっかしーなー、私と由武ちゃんの2人で用意するからいらないよ!って釘をさしたはずなんだけど
「縫子さんが、お2人とも私の料理も楽しみにしていらっしゃるとおっしゃっていましたので」
ニコニコと早苗が答える
…お前かー!
批難の目を向ける私と由武ちゃん
目をそむける縫子ちゃん
「由武さんと椿も用意すると窺っていましたので、量は少めで用意いたしました」
と、ニコニコと答える早苗
サンドイッチが、まあ、少なめ…なのかな?
流石にサンドイッチなら大丈夫だろうか…と悩んでいると
「いただきまーす」
と縫子ちゃんが真っ先にサンドイッチに手を出す
こうなってしまっては私たちも食べないわけにはいかない
しかし、縫子ちゃんが普通に食べてるってことは今回は味は普通なのだろうか
と、サンドイッチを行儀よく千切って口に運ぶ彼女を見る
…ん?サンドイッチを千切って…?
良く見ると口に運ぶふりをしてジャージの袖口の袋に入れていた
そのためのジャージか!?
してやられた
対する私と由武ちゃんは、競技で汗をかいたこともあって普通に半そでである
美味しそうに食べる早苗は、まあ、早苗の舌は信用できないので味の保障には一切ならない
これは…食べるしかないのかしら…
しばし手にした一見無害なサンドイッチを見つめていた由武ちゃんが、ええいとそれを口に運んで咀嚼した
「う、うん…おいしい…よ、早苗ちゃんの料理はいつもこう…独特で刺激的な味だよね」
と、笑顔で感想を言う由武ちゃんのその声には抑揚が無い
「はい、今回は疲れがとれるようにと、卵とレタスの間に炒めた納豆と梅のすり身に餡子を和えたものを挟んでおりますから」
とニコニコ答える早苗
「へ…へー…」
と、笑顔で相槌をうつ由武ちゃんのその声には抑揚が無い
良く見ると最初の一口をずっと咀嚼していて飲み込めないようだった
そんな彼女を見る私に期待の視線を送る早苗
これは…食べなければいけない流れだ
意を決して一口口に運ぶ
卵サラダの触感とレタスのぱりぱりした感食にまぎれて
納豆の臭みと苦味に梅干のシソの香りと酸味に加え
微妙な甘みが口の中に広がった
まさに味の不協和音
そこに加えてほんのり青臭い香りと苦味もただよう
「…隠し味は青汁…かな…」
うん、これは飲み込めない、無理
「そうなんですよ、良く分かりましたね♪」
と嬉しそうにはしゃぐ早苗を他所に、私たち2人はただ咀嚼することしかできなかった
その様子を見てフフリと、目の前のメガネがほくそ笑んだ気がした
ひとまずお茶で無理やり一口目を流し込む
(縫子のやつ、敵連合である私たちの戦意を早苗ちゃんの料理を使って削ぐつもりだよ!)
と、由武ちゃんが耳打ちをしてくる
それに対して私も返す
(あのジャージといい…最初から全て仕組んでいたみたいね…策士恐るべしといったところだわ…)
早苗はというと、美味しそうに二つ目を食べていた
その隣で早くも一つ目を『処分』した縫子ちゃんは
「ほら、2人とも遠慮しないでどんどん食べて」
と、意味深な笑顔を向けている
早苗も縫子ちゃんも同じ連合なため、ある意味共同作戦…とも言える気はするのだけども…
(ここは私たちも同じ連合として反撃を仕掛けるべきね)
と、由武ちゃんにこっそり声をかける
(OK、分ったよ)
みなまで言うまい
この状況で一人だけ被害を被ってない人物がいるのだから、やることは決まっていた
「縫子も早苗ちゃんのサンドイッチが気に入ったみたいだねー」
と声が笑ってない由武ちゃん
「そうみたいねー、もう1個食べちゃったんだもんねー」
と私も続く
その気配に気付いた彼女が腰を浮かせながら何かを言って逃げようとするよりも速く
私たちは動いていた
運動能力では私たち2人のほうが有利なのだ
先に動いた由武ちゃんが縫子ちゃんを羽交い絞めにする
「なっ、由武!何を…」
と、縫子ちゃんがジタバタしようとしたところに言葉を投げかけた
「いやあ、私たちが食べさせてあげようと思って…ねえ?」
「うん、そうだねえ、ボクたちが縫子に食べさせてあげるよー?」
「へ…いや、ちょっと、ボクは遠慮しておこうかなーと…」
恐らく、その時の私たちは最高にいい笑顔をしていたに違いない
その後は「喧嘩はやめてください」と早苗がオロオロする横で
サンドイッチを口に押し込まれ、お茶で流し込まれる縫子ちゃんの苦悶の声が青い秋空に溶けていった
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