もはや日課になっている朝の鍛練を終え
椿は朝の空気を吸い込みながら背筋を伸ばした
「ん~っ、きもちいいー」
この時期の空気は好き
今の自分に影響を与えた
そんな友に出会えたのもこんな天気だったから
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早苗の双子の姉である、桐崎・息吹 を「知った」のが
こんな天気だった
「普通と違う髪の子がいる」
小さい頃はその程度の認識だった
しかしすぐに
一族のまわりの大人たちからつまはじき者にされてることに気が付いた
本家の敷地に入る許可を与えられず
いつも塀の外の別館に押し込められている
そんな不思議な子
あの子もおなじ家族のはずなのに
小言がうるさい親戚のおばさんは「忌み子」だという
父は何も言わない
母は「あの子たちは悪くないのに」と言う
そして鏡から出てきたかのような同じ姿形で
珍しい黄金色の変な髪をしている
何者なのだろう?
そんな好奇心が日に日に増していったのを覚えている
だから
何度目かの一族の定例会の時にこっそり屋敷を抜け出したのだ
木に登り
塀を越え
木を伝って降りた
当時まだ小学2年程度だった自分には冒険だった
見つかったら怒られる
見付かるもんか
そのために誰もいない時間を見計らって抜け出したのだ
そうやって木々が並ぶ道を駆け抜けて別館までやってきた
質素な裏口の戸を開け庭に入るとそこには
その場で分裂でもしたような
そんな見分けがつかない二人の子供が手鞠で遊んでいた
「……っ?!」
片方がこちらに気付き泣きそうな顔でもう片方の後ろに逃げ込む
私は、足元に転がって来た鞠を拾いあげていた
「どこから来たの?」
隠れてない方がそう聞いて来た
「ここは『かんけーしゃいがいたちいりきんし』、見つかったら大人の人に怒られますよ」
私の二人への第一印象は
すぐに壊れてしまう飴細工みたいな子と、大樹のように堂々とした子
鏡は左右が逆になるけれど
この二人の間にある鏡はきっと心を逆に映しているのだろう
これが最初の出会いだった
二人を「知った」のはもう少し後になる
なんてことはない
梅雨の合間の晴れた日に
一族の中でも特に保守的な家の子が二人を水溜まりへ突き飛ばしたのだ
常日頃からこの双子を悪く言う言葉を大人から聞かされてそういう悪い存在だと勘違いしたのだろう
小さいころはよくあること
でも、大人が見ていない場所での嫌がらせという
その卑怯なやりかたにムカついた私はカッとなったまま相手も泥水に突き飛ばし
そのまま乱闘になりかけた
そんな時に伊吹が前に出てきたのだ
「これは私へ向けられた決闘の申し込みです、椿様は審判をお願いできますか」
そのまま一人でぺらぺらと段取りを話し
次第に本家の大人を立会人とした本格的な決闘へと話しが膨らんでいったところで
事体が大事になったことに相手が焦って逃げていったため決着がついた
呆然とする私を余所に「あら…そういえば洗濯代を請求し忘れていました」と
小首をかしげながら泥水に倒れこんだまま泣き続ける妹を起こしていた
つまりは、桐崎・伊吹はそういう子だったのだ
負けず嫌いで
しかしその悔しさは俯いて過ごすためには使わず
その壁を乗り越える活力に変え
ただ堂々としていた
「だって、後ろめたいことなにも無いのですから堂々するのは当然でしょう?」
かつて彼女はそう言っていたが
同時に「私まで泣いたら、誰が家族を安心させられます?」とも言っていた
つまりは、両親と、妹のために
大事な人たちのために強く明るく居続ける
そんな子供でもあったのだ
もしかしたら私が本当に負けたくないのは
早苗ではなく伊吹なのかもしれない
そして、そんな好敵手が大事にした人だからこそ――
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朝の通学路で早苗を捕まえて抱き着いてやった
早苗はただオロオロとしながらもされるがままだ
そのまま頬をむにーっと伸ばしたら流石に怒られた
「もぅ、何なんですか椿!」
「いや、今日も元気そうでなによりと思って」
そう言い、むくれる早苗の横を歩く
当の本人は眉をひそめながら私の奇行の理由を考えはじめたようだ
姉のような機転や図太さはないもののとても真面目で素直な性格だと思う
真面目に考えすぎて思い詰めることもあるけれど
それも含めて早苗の個性であり良い所なのだ
元気になって本当に良かった
伊吹はもう居ないけど
彼女が守ろうとした双子の妹は
自分の道をちゃんと自分で歩きはじめてる
特に最近はそう思う
傷は決して癒えないだろうけど
辛さに負けるのはまだ早いんだからね
だって、まだ始まったばかりじゃない
私たちの人生これからじゃん
だよね?
風が若葉の香りを運んできた
天を目掛け枝を伸ばし葉を繁らせていく
そんな木々の力強い息吹を告げて通り過ぎていった
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