幼いころから、そう教えられていた
あの土地を奪うのだと
支配するべき場所なのだと
でも私はずっと疑問に思っていた
だってそんなの、互いに傷つくだけだよ
だから、月帝姫になるまではまわりにあわせていたけれど
そのあとは自分のやり方で地球への移住をすすめようとしていたんだ
…その結果として私は地位を奪われ、ほとぼりが冷めて月に帰れるようになるまで地球に逃げ込むことにした
結局は連れ戻されたのだけども
その間の経験のおかげで今の私があるとも言える
月夜を見上げ、地球の夜風に触れて目を瞑ると今でもあの日を思い出す
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「うう…おなかすいた…」
山中を彷徨い、何度月が昇り沈んだだろうか
最後に人里でお世話になってから何日たったか
とにかくこの空腹は耐えがたいものがあった
(…何日食べてなかったっけ)
都に出ようにも食べ物と交換できるようなものを持っていない
人里に出たらしばらく屋根と食事をもらうかわりに仕事を手伝ったりするものの
そもそも一箇所に留まるといつ元の仲間に連れ戻されるかわからないため
月の半分が満ち欠けするとその土地を離れることにしていた
そのため、蓄えを得る余裕もない
月帝姫となったとき、那結多はここぞと今までのやり方を大きく変えて武力ではなく話し合いによる移住をと進めたのだが
その結果が「やる気がない」とクーデターを起こされ、今はこの様
あまりに無様な自分の現状に自嘲の笑いしか出てこない
はじめはいつもの前向きさで何とかなるさと放浪していたものの、3度も月の満ち欠けが過ぎるともうすこし効率のいい身振りを考えたいという思いが頭をめぐっていた
せめて、野山の食べられる草花の目利きくらいは教わるべきだったか、などと
木の根元に生えている得体の知れないキノコをぼんやり眺めている時だ
鼻腔をくすぐる麦飯と野菜を煮た香り
フラフラとつられて向かった先は、河岸に組まれた野営地だった
規模から見るに1~2人での旅の者だろうか
焚き火と鍋、そして獣の皮を使った簡単な雨避けが、大きな岩のくぼみに設置されている
火はすでに消えているが、鍋は湯気をたてまだ十分に熱をもっていることが分かる
見える範囲に人の姿は見えない
すぐに戻ってくるのだろう
なら、人里への道を教えてもらえたら助かる
できるならついでにこの空腹もどうにかしたい
そこまで考えてから鍋に近づきおもむろに蓋をあける
麦飯に煮た根菜を使った雑炊、2人分だろうか
軽くすくって一口、口にいれる
貴重な塩も十分に使われており、それなりに余裕のある旅人だということが分かる
味付けはすこし濃ゆめで疲れに効く味付けでこれの調理者は旅慣れているようだが、那結多には味による影響までは知らないためそこまでの推測はできない
少なくとも、量と味つけから備蓄には余裕がありそうだということは分かる
これは食べてしまっても、ひどい迷惑にはならないのではないか?
顎に手をあててしばし考える
とにかく、おなかがすいていた
人の気配がして振り向くと、薄墨のような灰の髪が印象的女の子が焚き木を抱えたままこちらを呆然と見ていた
心なしか手がわなわなと震えているように見える
「アキト、どろぼうがいる!」
その女の子が後ろのほうに声をかけると成人男性が小走りに駆け寄り顔をのぞかせる
「泥棒だって?」
目を丸くしてこちらを見た後、額に手をあてて考える様子を見せた
私はというと
半分ほど減っている雑炊の鍋の前で2人の様子を見た後、挨拶をすることにした
「…えーと、こんにちわー」
―この出会いが、私を変えた
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その後、彼は「逃げないのかい」と聞いた
だから私は「この食事の借りを返したい」と返した
すると彼は困った顔で微笑んだのを覚えている
旅が好きだという彼は、固定の住まいを持たず各地を移動し続け、行く先々の自然から価値あるものを入手しては人里で必要なものと交換する生活をしていた
それも、幼い子を連れて
その灰の髪を持つ幼子も捨て子で親はわからないらしい
雪を操る力を持つがうまく扱えていなかったから教えることにした
そしてそのまましばらく、三人で各地を旅した
そのうち私一人でも食料を調達できるようになってきた
失った自信を取り戻すことができた
これからどう振舞えばいいかも見えてきた
私の居場所と幸せがここにはあった
でもこの三人は目立ったようで、そのうち月からの追っ手に目をつけられはじめた
迷惑をかけないようにと、かっこつけて一人旅に戻ったらいきなり捕まって連れ戻されたわけだけど…
まさか、また会えるとは思っていなかった
海のように深い蒼の瞳、薄墨のようなまぶしい灰色の髪。
そして何より
力の使い方が安定した一人前の証として彼女にあげた私の愛用の結晶輪『氷華円』
間違いなくあの子だ
そして私のことを覚えていてくれていた
―久しぶり、会いたかった
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