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夕暮れ――。
小さめな河川の土手にサイクリングに最適な道がある、その道で早苗はぼんやりしていた。
傍らには自転車が四台。
うち三つには補助輪がついている。
「早苗さん?」
不意に名前を呼ばれて意識を戻すと銀髪の少年が心配そうに見上げていた。
「具合が悪い様だったら休んでてください、ゴーストは僕らでなんとかしますから」
「大丈夫ですアルさん、少々考え事をしていただけですから…」
と笑顔で少年―アルフレッドに返す。
土手の下の河川敷では一緒に来た富士野・彩香と富士野・ソラの姉妹が川へ石を投げて遊んでいる。
この三人は早苗にとって、ゴーストタウンを共にする頼もしい仲間であると同時にかわいい後輩だ。
(最も…戦いを5歳も年下の彼等に依存するのは…良いことではありませんよね…)
同級生と来れたらベストだったのだが、運命の糸の働きか結果的にいつもこの三人がついてくることになってしまう。
(…ならば私は私の得意な術で彼等を護りましょう)
そう改めて決意し、袖の中の治癒符の位置を確かめる。
目的の時刻が迫ってきた。
―――――――――
二日前、早苗は友人の連絡を受け銀館学園の近くにあるカフェを訪れていた。
「こんにちは、間宮さん」
早苗が声をかけると彼女は顔を上げ、
「こんにちは、いつもすみません」
と栗毛色の髪を揺らし会釈をした。
彼女、間宮・未由紀は運命予報士の能力を持っている。
以前にゴースト事件に巻き込まれた後に能力が現れたのだ。
しかし彼女は銀館学園の生徒ではく、また彼女には銀館学園へ入学する意志が無かった。
それは未知への恐怖が拭いきれないかららしい。
そのため、未由紀は予報を見る度に銀館学園の友人、桐崎早苗へ相談するようになっていた。
早苗は未由紀と同じテーブルの椅子に座り彼女から詳細を聞く。
今回のゴーストは子犬と少女の地縛霊。
どうやら暗闇で自転車にはねられて息絶えた子犬が先に地縛霊となり、後でこの場を訪れた飼い主の子が特殊空間に閉じ込められそのまま同じ場に留まる地縛霊となったらしい。
恐らく、子犬と飼い主が互いを強く想う気持ちが思念として残りゴースト化したのだろう。
出現条件は日が暮れた薄暗い時間にライトを付けないまま乗り物で特定の場所に近づくこと。
条件を満たすと特殊空間に移動しそのまま死ぬまで出られずにさ迷い続けることになる。
このとき地縛霊の存在に気付くとその地縛霊から攻撃を受けるらしい。
「無点灯をする側にも非はあります…しかし…既に犠牲者が一人出ています」
未由紀は悲しそうな顔で俯いた。
「それに自我を無くして魂を縛られたまま永遠にさ迷い続けるのは、可哀相だと思います」
どうか救ってあげてほしい…。
未由紀は話の最後にそう加えた。
そのカフェを出た矢先に待ち構えていたかのように彩香とソラの両名遭遇し、
ごまかしきれずそのままアルも一緒に来ることになり今回のメンバーが作られた。
他の友人にもそれとなく声をかけたのだが、こういうときに限って都合が合わないのだった。
日が殆ど見えなくなり、空は血の様な赤から藍へ…そして薄紫の闇へ変わっていく。
「アルさん、二人を呼んで来て下さいませんか?」
早苗は薄紫の夜空を見上げ、そう隣の少年に頼んだ。
無点灯のまま目的の大木の側を通過しようとすると空気に違和感を感じた。
この肌に感じる違和感が特殊空間に入ったことを知らせている。
早苗は自転車を降りランプに火を燈した。
すると小さな炎が力強く周囲を照らした。
あたりは完全な闇ではないが、それでも明かりが必要な暗さだ。
全員が周囲を警戒し気を張り詰めらせる中、ソラだけは緊張を見せていない。
「ゴーストさーん、出ておいで~」
と言いながら手で双眼鏡を形作り周囲を見回している。
「…居た」
先に気付いたのは鋭敏感覚をもつ彩香だった
視線を辿ると大木の下に赤い服を着た髪の長い人形が居る。
人というにはあまりに微動だにしないそれの足元には、大人しく座る子犬。
子犬は敵意を向けた視線を投げ掛けている。
――間違いない。
「「「「イグニッション!!」」」」
各々が力を解放し武器を取る。
先に飛び出したのはソラだ。
インフィニティエアを身に纏い風のまま高く跳び上がる。
「先手ひっしょー!」
そのまま少女の地縛霊を目掛け一直線に舞いクレセントファングを浴びせようと体を捻る。
だが相手も黙ってその攻撃を見ているだけではない。
少女の地縛霊の長い髪がザワザワと揺らいだかと思ったら細い複数の針となりソラへ向かう。
「ソラさん!!」
「ソラ!!」
早苗が駆け付けるよりも早くアルフレッドの二つの燕刃刀から繰り出される無数の刃がその髪を阻害する。
「…せい」
さらに彩香が投げた結晶輪が地縛霊の注意を反らし次の攻撃を遅らせた。
「いっけぇー!!」
三人の連携で強烈な先制打を与えられるかと思いきや…。
「うわきゃあ!?」
…その勢い余った蹴りは豪快に外れ、ソラはそのままバランスを崩し派手に転んだ。
「大丈夫ですか!?」
早苗はそのままソラの元へ行き治癒符で怪我を癒す。
そして地縛霊の側をそのまま通過したソラと入れ代わる様に彩香が地縛霊に接近した。
周囲の気温が僅かに下がり、彩香の表情が人が代わったように黒い笑みになる。
「ふふ…狩りの始まりね」
接近しながら雪だるまアーマーを身にまとい、氷の吐息を浴びせかけた。
「そのまま眠りなさい…永遠に…」
そう呟く彩香の笑みは正面で対峙した相手にしか見えない。
その唯一の目撃者も次の瞬間には氷塊となってしまった。
「彩香、離れて!」
すかさず放たれたアルの雷の魔弾によって少女の地縛霊は粉々に砕けて消えた。
「何だ、対したこと無いな」
あっさりと倒れた相手にアルは拍子抜けした。
残るは子犬の地縛霊のみ。
不意に邪悪な気配が膨らんだのに気付きいた彩香は、振り返ると同時に草陰から飛びだした子犬の地縛霊の牙を受けた。
「…んうっ…!?」
毒だ。
急に体力を奪われ彩香の足元がふらつく。
「このっ!!」
動きの止まった彩香に次の牙が向けられたとき、態勢を立て直したソラがグラインドアッパーを浴びせた。
その攻撃で子犬の地縛霊は吹き飛ばされ再び距離が開いた。
「彩香さん!」
早苗も駆け寄る。
子犬の地縛霊は唸りながら早苗たちを睨みつけていた。
それはまるで飼い主を失ったことにへの怒りに見える。
ゴースト化してもなお、飼い主を慕っているのだろうか。
今のこの二人に絆があるならばたとえそれがゴーストだとしても…側にいることが幸せだったのだろうか。
ふと、早苗にそんな疑問が浮かんだ。
かつて自分を庇い、命を失った双子の姉を思いだし胸が苦しくなる。
…あのとき私も一緒に死ねたなら…
「そこのわんちゃん、動かないでよ!悪いことをする子はやっつけるんだから!!」
ソラの言葉で早苗はふと我に帰った。
私は何のためにここにいるのか…そのまま放置すると次の犠牲者が出てしまう。
そして大事な人との別れを経験する人が増えてしまう。
予報士の未由紀は、ゴーストを倒すことが彼等の解放と救いになると言うが、それが正しいという確証は自分には無い…。
でも不幸の芽は早めに摘みたいと思う。
…そのためにはここで倒さなくては。
彩香に治癒符を使った後に袖から別の符を取り出す。
相手を治癒するための符ではなく、相手を傷つけるための符だ。
子犬の地縛霊が大きな声で吠えた。
その波動は空気を震わせ、アルフレッドと彩香を麻痺にする。
だがそれと同時にソラが地を蹴っていた。
「くらえー!!」
クレセントファングの蹴りがジャストヒットする。
「隙在り!」
続けざまに放たれた早苗の呪殺符が止めとなり、地縛霊はその姿を完全に消した。
特殊空間が消えるとあたりはすっかり夜になっていた。
周囲の明かりは遠くに見える人家と早苗の持つランプ、そして満天の星。
あの少女と子犬は天に還れたのだろうか…?
早苗は夜空を見上げ思った。
…同じ場所に還れますように、そして再び生を受けるときに近しい場所に居ますように…
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