陽射しは暑くなってきたがまだ木陰は涼しい
この時期はのんびり読書をするのに適した時期だと思う
しかし今日はその本を最後まで読み切ることが出来そうに無い
何故なら、隣で幼なじみの富士野ソラが『面白いものを見付けた』という表情で目を輝かせているからだ
こう言うときは大低ろくでもないことを考えているんだ
案の定、彼女の口から出た言葉は斜め上だ
それでも、彼―アルフレッドの中には彼女を無視するという選択肢は無かった
「…ん?今なんて言った?」
アルが聞き返すとソラはさっきと同じ言葉を繰り返した
「だからね、伝説のササミカニトリを捕まえるのよ!!」
聞き返したがやっぱり意味が解らない
ササミカニトリなるものについて考えようとするもソラの言葉で阻害される
「もー、聞いてる?むこうの山のトンネルの近くに出るんだって、捕まえたらみんなに自慢できるかも」
そう言いながら密着してくる
ソラは話をする時に相手の目を見つめたり顔を近付けてくることがある
「うわっ…ちょ…だからくっつくなって!!近い、近いから!!」
ソラを押し退け平静さを取り戻そうとするも
この幼なじみは『話を聞いてよ!』と言わんばかりにぐいぐい接近してくる
この幼なじみが自分を女子と自覚していないのは年齢だけでなく性格もあるのだろう
だが、男子にここまで馴れ馴れしくくっつくのは流石にどうなんだとアルは感じていた
「だから、次の日曜日に彩ちゃんと三人で山に行こう!山!!アルも準備してね?」
「分かったからくっつくなって!近いから!近いって!」
いつもこうやってソラのペースで物事が進んでしまうのだった
「…空が…青い」
雨なら中止になっただろうか
坂の上から青空を見ながらぼんやりとそんなことを思う
坂を道路沿いにひたすら歩き足が痛い
途中バスにも乗ったが、インドア派で体力のないアルがへとへとになるには十分過ぎる道則だった
「さぁ、では捜索開始ー!ササミカニトリ捜索隊しゅつどう!!」
「おー…」
もう歩きたくないと思うアルとは裏腹に元気一杯なソラ
そして涼しげな顔で汗一つかいていない彩香
(…なんでこの二人はこんなに元気なんだ…)
大体そのササミカニトリとやらは一体何なのだろう
鳥なのか蟹なのかそもそも生き物なのかも危うい
聞く限りではクラスにこの付近で妙な物体を見たという目撃者がおり
その人物の証言を頼りに捕まえようというのが今回の趣旨であるらしかった
だるい、帰りたい
ソラはそんなアルに気付いているのかいないのか、
座り込んでいるアルに近づき「ほら、行こ?」とワクワクした顔でアルの手を取った
その無邪気で楽しげな姿に抗えず、アルはつい疲れを忘れて立ち上がってしまうのだった
トンネルの横にある登山道に入る
「おーい、ササミトリカニさーん」
とソラが声をかけるも返事は無い
「トリカニじゃなくてカニトリ…」と彩香がツッコミを入れるが「ん?」と小首を傾げた後
「んー」と腕を組んみ、「よし、もっと奥だ」とズンズン先に行く
蛇が出やしないだろうかと周囲に気を配ってみると、先程は気が付かなかったが妙に周囲が寒い
彩香が虫や蛇の活動を弱めようと周囲の気温を下げているらしかった
(さすが雪女…)
感心と同時に苦笑いが出る
こんなことをして世界結界は大丈夫なのだろうか
(…まぁ、周囲に人は居ないし…)
「見付けたー!!」
突然ソラが大声を張り上げる
「ササミカニトリ!!」
横から覗き込むと成る程、ソラが指差す先には人の頭程はあるピンク色でつやつやで丸っこく筋っぽい…
一見鳥のささ身のような物体がある
その物体はソラに気が付くと隠れるように石の影へ動いた
良く見ると蟹のような手足がある
その珍妙な生物を前にアルはただただ呆れていた
(…まさか本当にいるとは…)
するとソラは虫カゴをリュックから出し
「捕獲開始!」
と接近していった
「ソラ、むやみに近付かない方が…っていうか明らかにその虫カゴには入らないと思うんだけど」
とアルが注意を促すが
「へーきへーき、甲羅(?)を掴めば…」
と接近していく
「うわっ!?飛んだぁ!?」
ソラが近付くと、追い詰められたと思ったのかササミカニトリは背中を開き
下に畳んであった…鳥の羽を広げ飛び去ってしまった
「…ササミ…カニ…トリ…」
飛び去る珍獣を見上げながら彩香がボソリと呟いた
その近くで「あーん、ササミカニトリぃ~!」とソラが悔しそうな叫びをあげた
その後もササミカニトリの捜索は行われたが二度目の発見は無かった
日が傾くまで山道の散歩コースを歩き続け足が文字通り棒のようで感覚があまりない
「…明日は筋肉痛だな…」
三人でバスを待つ間、アルはオレンジに染まる空を見上げそう呟く
それに引き換えソラと彩香は疲れた様子が見られず、楽しそうに第二捜索のスケジュールの話をしている
バスが来た
立ち上がろうとするが膝に力が入らない
(参ったな…)
こんな格好悪いこと言える筈が無い
どうごまかそうかと考え始めるが、即座に差し出された手によりその考えは中断された
「遅くまでごめんね、疲れたっしょ?」
ソラの手だ
「このくらい全然対したことな…」
と拒否しようとするも最後まで言い終わる前に言葉で遮られてしまった
「まぁまぁ、そう言わずに♪」
半ば強引に手を握られ立ち上がらせられる
そのまま肩で支えられるようにバスへ
嬉しさと情けなさとハズカシさと、そして嫉妬で睨んでくる彩香の視線が怖いのとで複雑な気持ちを味わいながら
なんとか日が沈む前に帰ることができたのだった
自宅の自室で、アルは自分のベッドから立ち上がれずに居た
この疲労の原因は分かりきっている
(ソラが何かを思いつくといつもこうだ)
結局、今日のあの生物は何だったのか…
考えるもさっぱり分からない
もしかすると妖獣だったのかもしれない
とにかく今日は疲れた…寝よう
まどろみの中でぼんやりとソラの体温を思い出しながらアルフレッドは眠りに落ちていった…
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以下、背後の人の独り言
小学生位になると同性でつるむことがよくあると思う
「えー、あいつじょしなんかとなかよくしてやんのー」みたいな
アイデンティティが出来始める頃だからパッと見で分かりやすい特徴で自分と他人、仲間と仲間でないもの、を分けようとするのかもしれない
一緒に居たいけど居たくない、嫌だけど嫌じゃない、そんな複雑な考えが出てくる頃だと思う
そんな微妙な時代が誰にでもあったと思う
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